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モデルコース

START!! 長崎駅

長崎駅内旅行案内所にて地図を受け取ろう!

長崎電気軌道1号系統、もしくは3号系統に乗車松山電停で下車(15分程度)

原爆の脅威と平和の尊さを体感できる施設

長崎原爆資料館

昭和20年(1945)8月9日午前11時2分。広島原爆投下から3日後、長崎市内の浦上地域に原子爆弾が投下され約15万人の人々が命を落としました。この資料館では被爆の惨状をはじめ原爆が投下されるに至った経過、被爆から現在までの長崎の復興の様子、核兵器開発の歴史、そして核兵器のない平和希求までがストーリーを持たせわかりやすく展示されています。
原爆直後と現在の長崎の風景写真を比較すると、目覚ましい勢いで復興した長崎の街と、長崎市民の逞しさが伝わってきます。「原爆、戦争なんて遠い昔のこと」とはいえない現在の世界情勢。各展示物に正面から向き合うと同時に“悲惨な歴史”を受け止め、真の平和について考えてみてください。
原爆・平和関係の図書閲覧ができるほか、ビデオコーナーを設置した図書室も併設しています。

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原爆犠牲者の冥福と平和を願う祈りの空間

平和公園(平和祈念像・平和の泉)

原爆落下中心地公園北側、小高い丘にある平和公園は、悲惨な戦争を二度と繰り返さないという誓いと、世界平和への願いを込めてつくられた公園です。

「平和祈念像」

長崎市民の平和への願いを象徴する高さ9.7メートル、重さ30トン、青銅製の平和祈念像。制作者の長崎出身の彫刻家北村西望氏はこの像を神の愛と仏の慈悲を象徴とし、天を指した右手は“原爆の脅威”を、水平に伸ばした左手は“平和”を、軽く閉じた瞼は“原爆犠牲者の冥福を祈る”という想いを込めました。毎年8月9日の原爆の日を「ながさき平和の日」と定め、この像の前で平和祈念式典がとり行なわれ、全世界に向けた平和宣言がなされます。

「平和の泉」

原爆のため体内まで焼けただれた被爆者たちは「水を、水を」とうめき叫びながら死んでいきました。その痛ましい霊に水を捧げて、めい福を祈り、世界恒久平和と核兵器廃絶の願いを込めて浄財を募り建設された円形の泉で、平和公園の一角、平和祈念像の前方にあります。直径18メートルで昭和44年に完成しました。 平和の鳩と鶴の羽根を象徴した噴水が舞い、正面には、被爆し、水を求めてさまよった少女の手記「のどが乾いてたまりませんでした 水にはあぶらのようなものが一面に浮いていました どうしても水が欲しくて とうとうあぶらの浮いたまま飲みました」が刻まれています。

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路面電車(正覚寺行乗車)利用、出島電停下車、徒歩すぐ(15分程度)

鎖国時代、世界に開かれた唯一の窓

出島

国指定史跡(出島和蘭商館跡)。鎖国時代の約200年間、日本で唯一西洋に開かれていた貿易の窓口でした。19世紀、島内には住居や料理部屋、蔵、番所など49棟もの建物があり、現在そのうちの25棟を復元させるための事業が進んでいます。明治期にその役割を終え、陸地の中に埋もれ、人々の記憶からも消えかけていましたが、今から約60年前に長崎市が出島の復元に着手しました。

現在の出島は、大きく4つの時代の遺構や建物等をご覧頂けます。
かつて海に面していた水門、西側ゲートから入場すると19世紀初頭の江戸時代から幕末開国後、明治へと時代をたどることができ、東側ゲートから入場すると、明治から幕末、江戸へと時代を遡ることができます。

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徒歩2分

東洋有数のスペイン美術と長崎ゆかりの美術を収蔵。自然と調和した憩いの美術館

長崎県美術館

「長崎水辺の森公園」の一角にある自然と調和した美術館。

展示室以外は無料スペースで、外光に満ちたエントランス、心地よい風が通り抜ける回廊、水面を臨むカフェ、長崎港が一望できる屋上庭園など、建築・照明で数々の賞を受賞したこの空間は、訪れる人々に新しい発見と創造の喜びを提供しています。

収蔵品の特色は長崎ゆかりの美術とスペイン美術。
ピカソやダリなど収蔵するスペイン美術のコレクションは「須磨コレクション」と呼ばれる個人コレクションを母体とし、アジアでも有数の規模を誇ります。

館内にあるミュージアムショップでは、日本においてここでしか購入できないスペイン国立プラド美術館グッズや、地元を代表する磁器・波佐見焼で作られたオリジナル食器など、長崎県美術館にしかないアイテムを多数取り揃えています。

また、フランス料理界の巨匠・上柿元勝氏がプロデュースするカフェでは、オリジナルスウィーツやフードメニュー、ワインなどをご提供しています。
夜8時まで開館しているため、ゆったりとした時間をお過ごしいただけます。

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徒歩10分

長崎港の大パノラマを見下ろす絶景、南山手の丘に位置する長崎ロマンの地

グラバー園

「グラバー園」は、国指定重要文化財の旧グラバー住宅・旧リンガー住宅・旧オルト住宅を核に、市内に点在していた6つの明治期の洋館を移築復元したものです。

園内は長崎独特の坂の地形のため、動く歩道、エスカレーターを設け、壁泉・石畳による回遊道路をめぐらし、異国情緒あふれる観光名所としてたくさんの人々に親しまれ、年間100万人以上の観光客が訪れています。

長崎港、稲佐山をはじめとする緑したたる山々、人々の息づかいが感じられる街並み。偉人たちも魅せられた絶景が広がるとびきりのビュースポットでもあります。

特に、旧三菱重工造船所第2ドックハウスのベランダからの景観は圧巻で港内を行き交う船の音が間近に聞こえてくる旧リンガー住宅前庭や、旧グラバー住宅前からの景色もオススメです。

また園内には至る場所に花々が配され、いつ訪れても四季折々の花々を愛でる喜びを味わうことができます。

夜のグラバー園は、昼間とは違うロマンチックな雰囲気を味わうことができます。

夜の観光として、7月中旬から10月初旬夜間開園を実施し、旧グラバー住宅をはじめとした洋館群がライトアップされます。
園内にあるハートストーンは「カップルでこの石に手を重ねると幸せになれる」「この石に触れて願いごとをすれば恋が叶う」などいずれも恋愛に関する伝説を持ち、パワースポットとして人気急上昇中です。

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徒歩1分

世界の宗教史上に残る劇的な「信徒発見」の舞台

大浦天主堂

幕末の開国にともなって造成された長崎居留地の中に、在留外国人のために建設した中世ヨーロッパ建築を代表するゴシック調の国内現存最古の教会堂です。聖堂内を飾るステンドグラスには、約100年前のものもあります。

直前に列聖されたばかりの「日本二十六聖殉教者」に捧げられました。
西坂の丘で殉教した二十六聖人へ祈りを捧げるために建てられたため、正面は西坂の丘に向けられています。

設計指導者はフランス人宣教師のフューレ、プティジャンの両神父で、施工は天草の小山秀之進(のちに、「秀(ひいで)と改名」)です。元治元年(1864)末に竣工し、翌年2月に祝別されました。この直後の3月に、浦上の潜伏キリシタンが訪れ、信仰を告白したことにより、世界の宗教史上にも類を見ない劇的な「信徒発見」の舞台となりました。
明治8年(1875)と同12年(1879)の増改築により、平面形式と外観デザインも変容し、外壁も木造から煉瓦造に変更されましたが、内部空間の主要部には創建当初の姿が温存されています。
また1933(昭和8)年に国宝となるが原爆で被害を受け、1953(昭和28)年、日本最古の教会堂として国宝に再度指定されました。

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ホテルやJR長崎駅から出ている無料シャトルバスの乗車し、淵神社バス停で降車(15分)
淵神社から稲佐山展望台までロープウェーをご利用ください。

稲佐山の夜景

稲佐山

2012年10月5日に開催された「夜景サミット2012 in 長崎」において、香港、モナコ、長崎の3都市が世界を代表する夜景都市「世界新三大夜景」都市として認定されました。
“鶴の港”と称される長崎港を中心に、山々が取り囲むすり鉢状の地形は、長崎独自の立体的な夜景を創り出すとともに、稲佐山・鍋冠山・風頭公園などに代表される多くの視点場から夜景を楽しむことができます。なかでもオススメなのは稲佐山から見る夜景。展望台では、イルミネーションが演出する幻想的な光の空間に包まれて見る夜景にきっと魅了されるはず。「見せる夜景」から「魅せる夜景」へ。世界が認めた“長崎夜景”の美を、あなたの目で確かめてください。

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